2006年02月26日

確定申告

今、確定申告の時期です。
医療費控除で税金が戻ってくるのはご存知の方はいるだろうけど、国民健康保険料等の社会保険料や生命保険、損害保険などを払っている人も確定申告すればいくらか払った税金が戻ってきます。
国民年金受給者で税金納めている人、確定申告すればいくらか戻ってきますよ!

ってか、みんな知ってるか。
posted by 熊五郎 at 02:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

象になった少年?



星になった少年 スペシャル・エディション



「星になった少年」を、見た。
哲夢少年が幼少の頃から、仕事で忙しく、自分にあまりかまってもらえなかった母がすきな動物「象」。その象と関わることで母との絆を確かなものにしたかった少年の話。
哲夢少年は不意の交通事故で命を落とす。
彼のガールフレンドが彼から預かった「象の楽園の絵」を返すときに、哲夢がなぜあんなに象がスキだったかを母に知らせる。
「お母さんが象に夢中だったから、お母さんが好きだから、お袋の夢を追いかけたいから」と話したときには、自分もお母さんと一緒に涙していた。

ある深夜、お釈迦様の化身といわれている白象に「象の仲間になりたいか?象と仲間になるかわりに、早く死ぬぞ、そして、象にうまれかわるぞ」の問いかけに対し、「それでも、仲良しになりたい!」と答える。これは、哲夢少年が若くして死んでしまうことを予感する話であるが、「死んで象になってもいい」と言わせた彼の思いには、母のことを慕う気持ちがある。


象使いとして一人前になった哲夢少年。彼が象「ランディー」に話しかけた、
「一緒に生きていくためにはルールが必要なんだそれを覚えなければいけないんだ。」とゆうせりふには、とても印象的である。これは、人間同士一緒に生きていくためにも同じことが言える。このことを忘れた人間が多い今日この頃。今一度、自分を含め、心しておく必要がある。
posted by 熊五郎 at 19:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

とうとう、この日が来た。

とうとう、この日が来た。
飲酒運転の検問に出くわした。家の近く、三河屋の交差点を自宅方面へ曲がったすぐのところに、警察官が立っていた。横断歩道の上で止められた。横断歩道の上だったので移動したいと申し出たが却下された。
アルコールの探知機に息を吹きかけてくださいといわれたので吹きかけた。当然、飲酒していないので反応するわけがない。そして、本官に息を吹きかけてくださいといわれたので吹きかけた。やはり、酒のにおいはしない。するわけがない。
この行為を2回ずつやらされた。当然、反応もしないし、においもしない。最後に運転免許証を見せてくださいといわれたので見せた。なっとくいかなかったのか?車の中の臭いをかいでいた。
なんと疑い深い警官なのか?
posted by 熊五郎 at 22:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

合格祈願グッズ

受験シーズンの到来とともに、定番のお守り、文具類から、お菓子まで合格祈願グッズを目にする。
そんなものを手に入れたからって合格するわけがないのに。自信を手に入れるためか?もっと勉強しろよ!
受験の子を持つ親が子供のためにと神社へお参りに行く。子供のために何かしてあげたいのなら、風邪などの病気にならないように、食事などの健康管理等々もっとすべきことはあるのではないか?やるべきことをやってもないのに、神様へのお祈りだけで済ますってのは都合のいい話だ。


五角形のお箸「合格いただきます」とか、だるまのパッケージの「カナエルコーン」など面白いネーミングの商品があって、駄洒落好きなものにはたのしいです。
posted by 熊五郎 at 23:13| Comment(1) | TrackBack(0) | TVから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

「三国志演義」


三国志演義<全7巻>

三国志演義を見た。
中国の後漢時代末期、黄巾の乱後、群雄割拠する時代。蜀の劉備、魏の曹操、呉の孫権と三国へと分立していく話。
人は、若かりし頃、どんなに高貴な考えをもっていたとしても、富と権力を手に入れると変貌する。しかし、三国志に登場する諸葛孔明は違っていた。丞相の位を手に入れてもなお劉備の恩に報いようと私利私欲を捨て死ぬそのときまで国のために尽力を尽くした。

何があろうと、いつまでも、孔明のようにありたいと思う。
posted by 熊五郎 at 20:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あるTV番組を見て思った。

ある人が、結婚した相手の連れ子に一生懸命「愛?」をささげているのに、自分のことを「パパ」となかなか呼んでもらえない事に憂いを感じていたことに言いたい。
「パパ」と呼んでもらいたいとゆうのは自分のエゴでしかない。たとえ、「パパ」と呼んでもらえなくても、そのこ子のことを愛しているのなら、「パパ」としてじゃなくても一緒にいられるのならいいじゃないか。血のつながった「パパ」が、「ママ」と離婚していようと、その子の「パパ」ってことは変わらないのだし。そこに、憂いを感じてどないするねん?
posted by 熊五郎 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | TVから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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